8/26

    私には両親がいて、それらは船へ乗ったのだった。
 海を行く大型船は、段々と輪郭だけが浮き出てきて設計図のような線の集まりになっていった。軽くなりすぎたようだ、船は海を置いていかねばならなくなった。違う。小さい頃はあれほど生き生きとしていた海は、何の特徴も無くなって下らない世界で死を得たわけだ。海が砂となってさらさら崩れていったのか、それとも船が強情にも海を嫌いになったのか、分からない。どちらにせよ船は海を出てゆっくりと高度を上げ、上空に碇を下ろした。文字通りの飛行船が東京上空にいて、早朝五時の弱い光線に焼けてより一層輪郭を細切れに見えにくくしている。船はどうすることも出来ずただ船として無機的に存在している。私の両親はその船へ乗った。
 思い返せば父も母も保守的な人間だったから、目新しいものや得体の知れないものに好感を示すなどあり得ない。だから私は彼らの乗船を、しばしば批判すべき行為として友人に話す。自己の欲求に反しているだとか、自己犠牲に酔ったのだなどと批判してみせる。しかし友人も冷静だから黙っている。人はよく黙る。黙って何かをするか、何もしない。私も黙ってみる。船の汽笛が聞こえてくる。

 

8/4

夏の夜、胃痛のような蒸し暑い雨が降る。

電車はもう来ない。線路に傘を差した霊。私はやはり嗤われている。なのに。

 

殺してください。なんの希望もなく。

7/29

交叉点にイチジクが咲いている。アスファルトカリカリのチーズのように苦味を増してきているのだ。自動車は今頃氷の浮かんだ海に、一緒に浮かんでいるのだと思う。イチジクの葉が粘り気を持って歩いてくる。子供用のプールに水を張る。交叉点は浅瀬に落ちる。

 

7/22

窓から首を出して外を見ると、ぼくの大切なメモが黄土色の培養液に浸っていた。わたしは手を伸ばさない、赤ちゃんが泣いている。ストローをくわえて息を吐くと、わたしのほっぺがブクブク音を立てた。

こうしているのも数秒。スプーンでかき混ぜたら、溶けて匂いも残らない。傷口から血が出てしまった。わたしが教えたばかりの、眠り方だというのに。

水面に出れば息もできて、沈むのか落ちているのかな。

7/18

正気とは思えない。銅製の教会を言葉の角で見掛けたなんて。ぞっとするいたずらだと思う。対してわたしも公開されるはずの飲み口を、緯と経にリストカットしようと一概には考えない。お互い様かもしれない。

模造紙はよく午前3時をからかって雑に「げんちゃらさん」と言うが、あれは一体何なのだろう。息をしても先が見えないのは、多分風上に強い虎が眠っているからとか何とか。

少しだけ休ませて、と祈るのは猫の七福神だ。

7/18

大きな時間が遠ざかったようだ。わたしは頭上に交通渋滞を寝かせていた。一番始めに止まったあなたを綺麗に切り取っていた。想定していたより少しだけ装い、短く整えて、行き詰まってしまった姿をゴミに出した。あなたはどう思うだろうか?  返信が来ない。わたしはまた記憶を閉じる。

7/15

病院の中央玄関は待合所になっていた。生後三ヶ月ほどの小さな機関と、6才くらいの構成要素スカートが遊んでいた。そこへ津波が来た。わたしは小さな機関をリュックへ入れて、構成要素スカートを抱えて走った。病院は誰を避難させるかでパニックだった。上へ上へ。何から逃げるでもなく。ここでわたしは書くのをやめる。しっかりチャックを閉めたリュックの中には小さな機関はないし、腕の中には構成要素スカートも存在しない。どこへ行ったのだろう?  帰ってこない。